アマダの井一義人さんへ、早くリョービを助けて下さい!

元アマダのC&C事業部の井一義人さんへ。長年リョービと結託して来たんですから、早期にリョービ印刷機事業部のソフト開発を救済に行ってあげて下さい!

リョービさんが求めてられるのは、井一さんのように超優秀な人物です。

リョービさんの合言葉が「設計せい」です。井一さんと同じです。井一さんが板金OS(Sheetmetal Digital on Demand)で何を設計されたかは存じ上げませんが、十分実績が活かせる筈です。

 

井一義人さんや橋谷圭介さんがWindowsアプリの開発でないと憂慮しているかもしれませんが、少なくとも当時はWindows上のアプリ開発でした。御両人の能力がいかんなく発揮でしますよ!リョービさんはそんな超優秀な人物を求めていました。また、関係データベース(RDB)も少なからず使うような仕様を目指されていたわけですから、SDDの知恵も活かされるはずです。

 

とにかく、リョービさんは、井一さんのようにリーダーシップが執れ仕様書がかけ外注にどんどん発注できる方を求めています。

アマダは(故)江守龍治会長が約束したインセンティブの支払いを今でも誤魔化している!

結果的にAP100(PLSモデル)がヒット商品になり、沢山売れたにもかかわらず、

アマダは(故)江守龍治会長が約束したインセンティブの支払いを今でも誤魔化している!

 

開発に当たって、開発した製品の所属をアマダグループに帰属させることを了承して、印鑑は押したけど、

(故)江守龍治会長がAP100(PLSモデル)を最終商品としたPCLプロジェクトの成果をインセンティブとして支払うと言ったのはその捺印後1年以上経って、PCLプロジェクトが発足してからです。

私は平田社長から昇進は阻止されたけど、インセンティブの支払いの権利は約束された。

昇進がなくなり、給料が増えず、おバカな上司に使われることが嫌で、会社を去ることを決めたが、インセンティブの受け取りは当然主張する。

200億円以上の失敗をしでかして、横着な開発をした人たちが、偉くなって高い給料を貰うなんておかしな話でしょう!

柳下幸夫さんが「アマダはいい会社なんです。結果を問わないから」と言っていたけど、

売れる商品が無くて、どうやって社員に給料を払うのか不思議でならなかった!

おバカな上司たちは、自らが要求してできたIOTAモデルを推し進めようとしたけど、それは実現に多大な困難があるとみて試作品のPLSモデルに切り替えた。その結果がヒット商品につながったわけですから!本当はツギハギだらけの試作品ではなくて、商品らしくしたかったが、平田社長が許さなかった。

 

 

 

田辺和生さんの言葉「大赤字だ!」

私がまだアマダのソフト工房7階のPCLプロジェクトにいた時に、AP100のCAMの開発の進捗について語った旧アマダC&Cの田辺和生さんの言葉が「大赤字だ!」で、私を批判して脅かしていた。

結局、AP100のCAMのモデルを私がPLSモデルにして、IOTAモデルにしなかったことで、開発が遅れて、アムテックが大赤字に陥ったと田辺さんは言いたかったようです。

しかし、20年以上経った現在を振り返れば、当時の赤字なんて全然大した問題ではなくて、むしろAP60での失敗に伴う巨額の赤字、平田社長の言葉を借りれば「お金を注ぎ込めば注ぎ込むほど、システムがボロボロになるというAP60」の状況とは全く異なったわけです。

AP100(PLSモデル)は試作品のそれなりのモデルだったわけですが、なぜかお客様の信頼を得たブランドとなったわけです。

一方、AP160,VPSS 3i(IOTAモデル)が出荷されない現状を踏まえれば、IOTAモデルの方が本当の大赤字ではないでしょうか!

元々、IOTAモデルは井一義人さんや小木曽さんや田辺さんが要求を挙げて、協力会社の青木保さんに設計してもらったモデルだし、とりわけ田辺さんにとっては青木さんとの間で何度も自動加工テンプレートや割付辞書機能また学習機能(今流行りのDeep Learingとは異なるが)の検討を行った思い入れのあるモデルだったわけでしたから!早期に、AP160(IOTAモデル)かVPSS 3i,4ie(IOTAモデル)として実現し、お客様に使って評価を得るようにして下さい!

高橋裕取締役の言葉「AP60はとてつもない開発費をかけているんだ!」

まだ、ORIGAMIデバッグプロジェクトに携わっていた時に、デバッグプロジェクトの統括責任者だったアマダメトレックスの高橋裕取締役の言葉がORIGAMIの出来の悪さに対して、「AP60はとてつもない開発費をかけているんだ!」「あんな(AP60)ものと一緒に比べてはいけない」と仰っていた。

当時、丹羽嘉夫取締役はデバッグプロジェクトの技術的な責任者だったが、実質金魚のうんこのような存在で予算があるからデバッグプロジェクトのメンバーにくっついている存在であった。そして後々知ることになるのだが丹羽嘉夫取締役がAP60の統括責任者だった。ロクでも無い人だったわけです。

そして、伝説の営業マン前川覚常務取締役が「開発費はお客様から頂くお金で賄われていることを丹羽嘉夫取締役は自覚していない」と批判していましたが、その実アムテックという会社自体がアマダからの開発予算の外注費の10%を管理費用としてもらっていた訳で、失敗すれば失敗するほど開発費としてお金がアムテックに流れる仕組みがあり、前川覚常務取締役も痛し痒しだった筈です。

AP100(PLSモデル)で苦悶したこと

IOTAモデルからPLSモデルに移行するに際して何年も苦悶したこと。

結論から言えば、要求仕様の根幹が不明なままだったことに帰します。

今はたくさん出荷されていることから少なからず実用的だったのだとホッと安心していますが!

 

DUO青木保さんが井一義人さん・小木曽さん・田辺和夫さんの要求に応じて提示したIOTAモデルは図形要素が複雑な入れ子になっており、さらに形状特徴まで含まれており、そして図形要素の属性として工具軌跡を持たせる構造でした。

 

<1:AP40の図形とは何ぞや?>

IOTAモデルを語る前に、AP40の図形とは何だったのかという疑問がありました。つまり一本の直線分でさえ、板金製品の形状の直線分要素なのか、それとも工具軌跡を割り付ける為の直線分(すなわち、工具の運動軌跡を指摘するための直線分)なのかということです。PLSモデルは前者の形状の要素と捉えたのですが、AP40の図形は何とでも解釈できます。もし、自動加工(自動割付)しかないとすれば、PLSモデルのように捉えるのが素直なのですが、手動割付ならばどのようにでも解釈できます。

板金製品の形状と捉えたことで、随分悩みました。

旧アムテックの石井さんからも、「AP40・AP60の仕様は、線一本でも割付くだ!」と言われて苦悶しました。ループ化してしまうことで、無駄が生まれたからです。

但し、ループ化するメリットは自動加工のみならず、レーザーの工具軌跡を生成するにも有益であると考えていました。もっとも、旧C&Cの田辺和夫さんが、「AP40・AP60では隣接要素を探しに行っているんだ」と仰っていましたが。

 

<2:図形穴さえ図形要素の属性なの?>

IOTAモデルには図形穴は、図形要素の属性として実現するようにしようとしていました。もしそうなら、これは大変面倒な実装を必要とするのです。

AP40では図形穴は基本的に金型が開ける形状のことで、図形要素の属性などにするのは変な取り扱いです。従って、PLSモデルでは、GRIDやLAAなどのパターン穴を含めて、形状穴としての図形にしました。

井一さんたちは一体青木さんにどんな要請をして図形の属性などという形式を取らせる事にしたのか、悩みました。

 

<3:IOTAモデルは複雑な入れ子図形になっている?>

IOTAモデルはツリー状の複雑な入れ子図形になっていました。そして、その図形の中に形状特徴も含まれていました。いわゆる、形状としての図形が入れ子になっていること自体は分からなくもないのですが、この構造だと一つの展開図が入れ子状の展開図を持てる構造となったりします。ソフト工房10階に席が戻った時、旧アムテックの坂口聡さんが「アセンブリーはサブアセンブリーからなるんだ」と言われましたが、これをどうやら青木さんに暗示して、IOTAモデルに含ませた気配がありました。

PLSモデルでは展開図(MfDevelopParts)は複数の外形(Outer Loop)を持てますが、入れ子にはでいませんし、たとえば図形穴がその子供に直線分を持つようなこともできません。

こうしてしまったことで、随分苦しみました。

 

<4:自動加工の形状特徴が入れ子になっている?>

IOTAモデルでは、切り欠き形状などの形状特徴が子供や孫の形状特徴を持てるような構造でした。これは形状特徴をサブに分解していける構造を持たせるもののようでしたが、PLSモデルでは形状特徴の入れ子構造はありません。

というのは、大きな形状特徴を分解して、まず工具軌跡を割り付けて、そして割り付けきれないサブの形状特徴にさらに工具軌跡を割り付けるようなことを想定しなかったからです。大きな形状特徴に割り付ける大きな工具が、サブの小さな形状特徴に割り付ける小さな工具というのは現実にはあまりなさそうと考え、それくらいならマニュアル(手動)割付にすればいいと考えたからです。どうせ自動割付には限界があり、ユーザーの意図通りには割付ようがないという先入観もありました。

形状特徴を入れ子構造にしなかったことでも後々随分悩みました。

 

<5:工具軌跡のダブルモデル?>

旧C&Cの田辺和夫さんの意図では、IOTAモデルの基本工具軌跡は図形要素にT番号や必要な加工に関する情報を付加したものとしてAP40などの工具軌跡は踏襲しない考えでした。でもそれでは素直にパッケージポストに繋ぐことができないので、ポストに繋ぐ中間状態として、基本工具軌跡からGコードベースの工具軌跡を生成するダブルモデルが必要になると思っていました。

でもそれを実現するダブルモデルは少なからず複雑で混乱するものになっていくことが想定されました。

従って、PLSモデルでは素直にGコードベースの工具軌跡を生成するようにしました。が、そうしてしまうことが私を苦しめました。

井一義人さんの言葉「自分たちでやるんだ!」

井一義人さんは、NewAP構想が始まり、井一さん(I)・小木曽さん(O)・田辺さん(T)が要求したモデルをDUO青木保さん(A)が提示(後のAP100(IOTAモデル))して、それを元に超プロトアプリを作るんだという段になり、井一義人さんが言った言葉が「自分たちでやるんだ!」でした。つまり、アムテックの人員でやるんだということです。

でも、井一さんたちは「俺たちゃ、米国の間(はざま)さんと交渉してくる。超プロトをやっておけ!」と命令を下すだけで、ご自分では何もやらずに、米国へのだらしない出張と称する海外観光に行かれました。

日本に残された実務担当者たちは、空っぽのAP100(IOTAモデル)やオブジェクト指向に四苦八苦して苦しんでいたのですが!

 

そして米国への観光旅行の末に、AmPunch for winをメインCAMに据えて、AP100(IOTAモデル)は自動加工のみという仕様で、両者をGコードベースの加工プログラムでSDD(Sheetmetal Digital on Demand)が繋ぐ仕様にするように、米国の間(はざま)さんと決めてきたというんです。

でも、このAmPunch for winは、後に米国の間(はざま)さんがベンドモデルを持ち出してからは、米国での開発は中止されるという始末で、井一義人さんたちは一体何を交渉してきたのか全く不明で、観光旅行以外のなにものでもなかったわけです。

 

因みに、NewAP構想に取り組むきっかけとなったのが、AP60の完成度の問題でした。つまり、AP60が製品としてあまりに酷かったので、それに代わる新しいAPを確立しなければならなかった訳です。

そして、AP60の欠陥の主たる要因はデーターベースがあまりに不安定で、これがためにシステムがよくクラッシュするのでした。この問題を解消すべく始めたのがNewAP構想だった筈が、そのデータベースは主にDUOの青木さんと旧姓北村さんに任せられており、井一さんは「藤村さんが担当するのは怖いです」と言っていました。そして、出来上がったのがIOTAモデルだった訳です。

そして、井一さんたちが米国から帰国して、IOTAモデルで超プロトアプリが上手く機能しないことを聞くと、井一さんはTIS熊谷さんにグラフィックのみでのCADCAM協調設計連携デモアプリを作るように要請し、井一さんはSDD(Sheetmetal Digital on Demand)の開発を担当されることを宣言し、私たちに井一さんは「オブジェクト指向できません。C++分かりません。CAMできません」と言い残して、SDD側と自動プロの統括責任者になった訳です。

 

丹羽嘉夫さんの言葉「アマダが揺れれば揺れるほど、うちが儲かる!」

私がアマダのソフト工房10階に移動し、アムテックに移籍後、ORIGAMIデバッグプロジェクトを遂行していた時に、アムテック側のプロジェクト責任者だった元アマダのC&C事業部長の丹羽嘉夫さんが漏らした言葉が、「アマダが揺れれば揺れるほど、うち(アムテック)が儲かる!」でした。

何を不思議なことを言っているのだろうと当時は不思議でしたが、アマダがお客さんから自動プロの突き上げを喰らえば喰らうほど、開発費用がアムテックに流れ込むという意味でした。

でも、丹羽さんはAP40のC言語版の失敗を誤魔化して、それ以降の続く失敗が200億円以上になるとんでもない墓穴を掘っている人だと後々判明しましたが。